第参話”DJ 大冢a.k.aGeorge”って???

DJ大冢a.k.aGeorgeの……

 

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お待たせしました!(遅!)

本当にお待たせしているのか…

 

謎のままですが、色々使用変更や状況の変化の為約1ヶ月以上空いての更新……となりました

 

改めてお待たせしました…

 

さて、これから色々な事を本格的に情報や内容をブログアップして行く前に

 

私”DJ大冢a.k.aGeorge”20年目のタイミングとゆう事もあり…

 

今年の夏の野外フェスや大阪城WPNPで知ってもらった方や

なんかずっとおるし知ってる奴やけどどんな歴でどこの何者?とゆう事もちらほらなので…

ふんわりと自己紹介を…と思い書き始めたのですが…

なにしろ自分で自分の説明を書くのが恥ずかしくも苦手なので、今回は質問してくれる協力者に助っ人をお願い(逃げ)して…

音楽関係者ではなくお客さんにお願いしてしまおうとゆうっ作戦にして質問してくもらうの時間をくれました…

 

あまり変な噂ばかり一人歩きさせられたままでも困るので…

 

今日は興味の持って頂けた変態な方がいらっしゃいましたら

 

少し長いですが呼んで頂けたら嬉しいです。

 

そんなビビリの自分勝手な事に巻き込まれるインタビューをお願いしたのは…

 

以前から交流があり、僕も参加したい”もんじゃ部”の部長で、2016年今年の夏に大阪城ウォーターパークナイトプールにも販売スタッフとしてお手伝いに来て頂いていた…

”育乳”をテーマにエロスを追求し続け人生を生きる…”歩くえろす”こと”尾美朱音”さん(以後=尾)に色々と僕に聴きたい事を質問して頂きました!(ありがとうございます)

尾:初めましての皆様。こんにちわ。s__19677223

はい…そうです…。

私が自称歩くえろすこと尾美朱音です。

実際にエロスかどうかなどは
お会いしたら分かりますw
今日は大冢さんに
実は日頃から気にはなっていたものの、
聞くタイミングなどもなかった事柄を
今回この場をお借りしてQAで聞いちゃいました★☆

まず始めに…

尾:DJデビューはいつですか?

 

大:初めてDJを始めたのは1996年冬年末です、今はもう無くなりましたがアメリカ村の外れにあった”JJ”とゆうSOUND BARがあり、大箱へ行く勇気もなく、機材も高価で全然買えなかった自分が取れる最善の方法が”ターンテーブルの在るお店に行ってノーギャラでもやらせてもらえたら”と思い立っていきなりカセットテープに持っているレコードで録音して飛び込みで持ち込み始めましたました。

たまたま平日はいつ来てもいいよと優しい黒人オーナーにOKもらって、お客さんの居ない時間に自分では買えなかったレコードを触れさせてもらったり、レコードを買い足しながら続けさせてもらいました、

それから大きいCLUBと呼ばれる当時の場所で顔も出て名前もフライヤーに載ってできたのは2年後の1998年12月23日でした。
当時自分が衝撃を受けて始めようと思った大阪ミナミのREGGAE MUSIC CLUBの聖地で”ItoI(旧JUGGLIN CITY)や泉州にあるJUGGLIN’LINK’CITY(現りんくうパパラアウトレットモール地)で仲間と一緒に初イベントを開催しました。

(写真上半分は当時、下部分は今年集まった際の当時のメンバー&仲間、下は家の壁に貼ったJUGGLIN”LINK”CITYステッカー)

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その後REGGAE MUSICを主として大阪から色んな土地で活動させてもらってから、アメリカやジャマイカへ行った後色々とお店をまかしてもらって失敗したり、色んな音楽の現場に触れて…現在のスタイルになったのは2008年頃からです。でも元々僕の一番大好きなJamaicaのReggae sound crewのスタイルが、ジャンルに捕われず色んな音楽をかけていたので。

 

尾:なぜDJをやろうと思ったのですか??

 

大:当時REGGAE MUSICにハマる以前から音楽とはずっと生活の一部で、好きなバンドのコピーバンドをやってたり、小学生の頃は放送部に居たりとキッカケはあったのですが…それをCLUBとゆう場所へ初めて連れて行ってもらい、熱気と髪の毛迄痺れるような音を聴いて、流してる曲や音楽とマイクを持って声も言葉も音楽になって、お客さんもそれを全身で一体感を見た瞬間に衝撃を受けてやりたくなってた感じです……モテたかったのもありますがそれは若気の至りです(笑)全く無かったとは言いたくないですw

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DJ(前回のアップのときの説明にありますが、この当時はSelector、曲をかける人)として活動始める前は”踊りに行くお客さん”でしたし、そこからREGGAE DANCERとして趣味の範囲で楽しんでました。その後当時自分がフロアで踊ってたすごく憧れたDJの方々が居て、その影響が一番大きいですね。

尾:では何故音楽の数々ある職種からDJを選んだのですか?

 

大:まずDJを選んだ理由は…言葉に表すのが難しいですw

自分でやれるようになりたい、曲をかけたい伝えたいと思いました。でしょうか…

 

それと本当に幼少から音楽を聴いたりは凄く好きでしたが、学生の頃は見よう見まねでドラムを叩いてみたり、ギターに挑戦してみたりしたのですが、バリバリ体育会系で育って来たので、正直楽器を弾いたり演奏するのは自分で向いていないと挫折しまくってきましたw

そんな自分でも人前に立ってその場の空気を全部自分が選ぶ音楽で作り上げられる魅力を感じて始めました。

当時はDJは”お金がかかる”のと、職業としては当時認められてませんでした(職業欄に書いても受理してもらえなかった経験もw)。バンドやその他の音楽関係もそうなのですが、DJにいたっては当時お金がかかるのは群を抜いてましたねwレコードを数百数千枚購入しないといけないのでwバイトや収入は殆どがレコードやCLUBに入場するのにつぎ込みましたし、当時はイベントのゲストでタダで入れる”FREE”なんて制度や出演にギャラなんて頭二つ位抜けてないともらえませんでしたから…w

 

尾:DJのお名前の”George(ジョージ)”というのはどういう由来で
付けられたのですか?

 

大:これは高校時代のサッカー部で先輩に”顔”で付けられましたねw

それまでは”ロッキー”とか言われてたのを勘違いして呼んだら呼び易いしって理由と聞きましたw

あとから『試合中この顔で”ジョージ!”って呼んだら外人かと思って相手ビビるやろ』とゆうのも言ってましたね…そんなノリが由来ですwなのであまり本名で呼ばれる事がなかったのでまだ慣れずに萎縮しますw

きっと中学くらい迄の同級生はジョージなんて呼ばれてたら笑うかいじると思いますw

 

ただそれで大阪には同じ名前で活動されているDJさんが居て、よくお互い間違ってしまわれる事があるので、僕は小文字にして一人で活動するに当たって”大冢(オオツカ)”と付けて普段から愛称で呼んでもらってた名前を”a.k.a(also know as)別名”と付けさせてもらいました

凄い方なのでフライヤーや告知で見たお客さんが間違って来たりしてしまわない様にしようと思ったオがキッカケでそうゆう意味も込めてしてます。

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尾:色々あった中で辞めようと思った事はないのですか???

 

大:それは多々ありますけどw辞めるのはいつでも辞めれるからと思いながら続けてますw

尾:今迄続けて来れたのには理由がありますか????

大:そうですね……これしかやってこなかったからですかねw、続けられてる事に自分のやりたい事をやらせてくれた両親やパートナー、友達や仲間が存在してくれてご縁の続きでやってこれてます。これは綺麗事ではなくて実体験して来た思える様になりました。

尾:なるほど…では少し質問を変えて、今迄のDJしてきた現場の中で印象に残った場面はありますか?????

大:正直残ってる場面は多過ぎてどれを話せばいいか悩むくらいです、でも色んな方のご縁で世界で有名な様々なアーティストさんと同じブースに立たせてもらったりした事も印象深いのですが…それよりも印象深く残して消さない事は1998〜9年頃…まだ駆け出しの頃ですね…選曲やMCを完全に失敗して、お客さんから大ブーイングと共に飲みかけのビール缶や瓶が飛んで来た場面ですかね(笑)

尾:そんな事あったんですか!?

大:当時はそんな事がありましたよwそれだけお客さんもただ”遊びに来ている人”や”目的の違う人”の方がが少なくて、お酒飲んで騒ぎますけど音楽に求めるモノは大きかったですから…
それほどのミスをしたのは後々忘れられないので一番印象深いですかね…失敗したときの方が印象は残ってます。

尾:では逆に失敗じゃなかった印象に残る場面も教えて下さい
大:そうですね………

……

今年の大阪城で開催していた7月と8月にあった『大阪城ウォーターパーク:ナイトプール』の事が一番最近で衝撃的に印象深いのですが、このお話はブログの更新でシリーズとして現在多忙過ぎて止まっている”準備編”の様子をみて3部に分けて書かせて下さい、3部で収まるかどうか…な面白い始まりと終わりでしたからw

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なので………
あ!これはまだ4〜5年前になりますか…以前メンバーとして活動していたグループに居たときの事なのですが、自分のずっと可愛がってもらってたり慕ってもらってた先輩や後輩の作った曲を広める事が出来た瞬間ですね、聴いた事あるかは解りませんが”EVERY BADY GO SO”とゆう曲を、当時お店やグループからは”その曲をかけるな”とめっちゃ怒られて批難され続けたのを、繰り返しながらやり続けて、いつの間にかその曲を聴いて踊りたい為にフロアに女の子や若いお客さんが走って来たり、フロアで待ってたりしてくれるようになって、スタッフの方も踊る様になってってゆう段階のあの時は本当に心に深く印象に残っています、僕の居なくなった今でもその曲を推してくれてる?のは嬉しいですしねwwww

尾:そうなんですね!!!!!
私あの曲大好きです!そんな歴史があったなんて知らなかったです…。

そうなんです、元々オールジャンルで流行る半年から1年前にREGGAEのPARTYで大阪生まれの曲で、REGGAE DANCERやお客さんが踊って楽しんでました

PVもいい感じでした

大:同時期にReggaeの歌い手で大阪の”Express”の”もぐらの唄”も皆で声だしたりして楽しい瞬間でした。
尾:そんな大冢さんがDJプレイするスタイルやプレイ時にこだわっている事はなんですか??????
大:基本的な事なんですが、人前に立つ以上お酒が飲んでも、飲まなくてもプロとしての意識を持ってエンターテイナー性を忘れない事です…その日その日や場面場面で飲む事もありますが、CLUBや呼んでもらった時のPARTY等で出演する時のこだわりです。

お酒を飲む場ですので、プロとしての”自分の雰囲気を出せなくなる量のお酒は飲まない”、とか

自分の時間が終わってもイベントが終わって帰る迄はどこか頭にずっと残る様になりましたけど…昔は酷かったですw誰もがそれに気がつくのは壊してからですしw

スタイルとしては自分のPLAY時間(出来る事なら1日)に物語を作る事ですかね。これはREGGEを主にやってた頃からこだわり続けてます…段々と曲をかけて聴きながら、訳してみたり色んな事をして繫がって行くのをいかに楽しいと思ってもらえる自分のイメージをしたりしてもらえるか。

自己満足とぎりぎりの所で心掛けてます。
それと自身の意識で常に季節や時期も取り入れて色んな物語を選曲に込めて、その時間と瞬間を大事にPLAYするもこだわりがありますね…ただ音楽をかけるんじゃなく音楽で空間を創るです。

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尾:では大冢さんの思うエンターテイナーとはどういったものですか?

大:自己犠牲でしょうか(笑)自分の好きな事で人に楽しんでもらう為に、知識や技術を極める努力をしつづけたり、情報を人の楽しむ時間の為に捧げられるって事がエンターテイナーだと思います。
例えるならその時々で変わりますが”自分の思い描いた物と違っても、結果自分の表現する時間がお客さんやその場に居る人の少しで多くが楽しい時間になる為に自分のもてる技術や知識、演出や演技を披露する”って事です。

 

尾:なるほどです…かなり奥深いですね。
確かに私も大塚さんが出演の現場に何度か遊びに行かせてもらったことがありますが、
そう感じられることが実際に多々ありました‼
大:深いようで実はそんな事はないですよ、それにこうゆう定義は人それぞれあって、これが正解!と一つの答えを導き出す事ではないですから、一人一人の感性や考え方、思い方を尊重し合えれば深くまで潜らなくても気付くと思います。

尾:最後にこれからDJデビューしたい人や興味がある人にメッセージをもらえますか?

大:そうですね……正直これからデビューしたい人達には特にありません(笑)

気軽に誰でも触れる時代になりましたから、僕の意見や言葉があくまで”参考に”なる事くらいで…答えとしてはメッセージを言えるのなら、やるからにはプロとしてやる人趣味でいい人様々だと思うので、趣味の方は楽しく音楽と触れ合いましょうくらいですね、

自分の好きなジャンル以外をバカにしたりするような音楽の遊び方はしないでほしい事です。

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プロとしてお金をもらいたい!人前に出て有名になりたい!って人へはまず”先人に敬意を持ち、礼儀を重んじる事”と”腐らない事、焦らない事”ですね……後は目先の満たしてくれる欲に捉われて、本来の思いを忘れない事や自分一人ではできない仲間や繫がりの大切さを忘れないでほしいです。

お店があって、DJは自分を表現する事ができる事も大事ですね

今の時代はネットで自由に出来ますが、”お店”って場所が無ければそもそも何も始まらないですから。

だからといってお店側も音楽性やDJの感性を無視してしまう時代にもなってしまっているのも少なからず…

これからの音楽の世界に権力や圧力といった現実的な個人の感情を持ち込まないで欲しいなと思うのは僕の考えですけど、誰もが楽しく偏らない人がこれからどんどん出て来てくれたら嬉しいですし、信じられないような出来事や出逢いを体験できる職業なので、素敵な職業です。

尾:そうですね!それは音楽だけに限らないことですね★
これからの音楽の世界がもっともっと楽しくなる未来を私も楽しみでワクワクしています
貴重なインタビューありがとうございました!

 

大:こちらこそこうゆう形で無茶ぶりをしたお願いを聞いてくれてありがとうございました!

尾美ちゃんの完全主観的ブログももし良かったら是非ご覧下さい♪

“歩くエロスのevery day”

http://amba.to/2hFmfd0 (コピーで飛んで下さい)

 

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今回は文字が殆どで読みづらい点もかなりありましたが、お付き合いいただき最後迄ご覧になって頂いてありがとうございました。

次回の更新は2016年の総括を振り返りつつ激動の夏の裏話をして行きたいと思いますので

 

良かったら暇つぶしのお楽しみにお待ちくださいませ。

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respect.

 

(S.O.M.S)


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